有棘鉄線を抜け、宵に至る。/クスリ。
『夢見る頃を過ぎても、まだ夢を見たいのならば、血の涙を流さなければなりません。』、と、灼熱を昼の思い出に宿した縁台に座る老人が古い戯曲の一節を呟いていた。
夜の緩慢に、暫くの月が上弦に笑う。
ゆるゆると過ぎる老人の時間は子供のそれとは、あまりにも遠く、いつでも混濁している。
夏夜に漠然とした独りの思考は寂漠に寄り添い、曖昧に帰結するのだ。
蚊取り線香の白煙と揺れ踊る血管の浮き出た老人の左手は、蚊を落とし、潰す。
有棘鉄線を抜け、宵に至る。
夢見る頃を過ぎた老人は、むかし「バラ線」と呼ばれた有棘鉄線を抜けて宵に至る、を、夢見る。
そこに過不足は、無い
[次のページ]
戻る 編 削 Point(1)