台風のクジラ/蒸発王
の昼過ぎまで
西の空は
今世紀最大の台風が暴れまわり
犠牲も多くて
西から流れる風には涙の匂いも混じった
ようやく
通り過ぎ去った
夕暮れ
蕩けた太陽から
にじみ出る
夏のエキス
最果ての紅蓮の炎
紅色の夕焼け
その空の端に
あのクジラを見た
白かったクジラは
全身を朱鷺色に染め上げ
腹から尾びれまで
ぱっくりと割れていて
そこから
赤い肉と血が
長くたなびいていた
台風一過の
空が赤いのは
太陽のせいだけではなく
あの紅蓮は
クジラの傷から
溢れた血が
静かな空を染め上げたせいだ
と知ったとき
僕は
初めて
台風がなければ良いと思った
涙を浮かべて
クジラに手を振った
台風一過の夕焼けには
いつだって
手を振ってしまう
『台風のクジラ』
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