夏列車/銀猫
 
隆の表紙を
ぱたりと閉じ
肩を揺らすまいと
わざとらしく鏡を覗く、ピンクの口紅

会社勤めにはもう慣れたかい


   *


真夏の陽炎の向こうから
長い編成の列車がやって来る

ぴっしりと閉ざされ
長袖の気温に設定された空調は
これから向かう先が
いかにも居心地の悪い場所だと
暗示するように
全身を凍らせてゆく

耳に当てた小さな黒いスポンジ
そこから音は一粒も洩れず
虚ろな眼差しが
深いバラードを想像させる

そこにいるわたし、よ
これからも長い日々を
列車に揺られてゆくのだろ?
西洋医学の粋をあつめた薬と
酒や菓子とを栄養にして

人間らしく暮らしてゆくのは
難しいかい

自分の居場所が欲しいなら
うたを描きなさい
憂欝はすべて反故にして
あの夏、
髪を翻した風の
うたを描きなさい

そうして生きて転びなさい




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