小品/Utakata
 
い出せない。

5.
夏の夜明け、まだ少し涼しさが残るアスファルトの上を歩く。空の東側がほの白いだけの、静かな横断歩道である。ふと周りを見ると、光の加減で、夜のあいだに街を漂っていた最後のくらげたちが、朝日の中にゆっくりと蒸発していくのが見える。ちょうど肩の高さほどの位置に漂っていた一つに手を伸ばすと、指先に少しだけ涼しさが残ると同時に、かすかな潮の香りが走って消えた。少しずつ気温が上がっていくのが感じられる中で、宙に伸ばした腕もそのままで、東の空を上がっていく太陽のほうを少しだけ見た。そういえばもう夏なのだと初めて思った。

戻る   Point(0)