鉄鋼所/九谷夏紀
 
を保てと常に響きわたる声に合わせて

鉄鋼所でかつて見た
真っ赤に熱せられた大きな鉄の板
場合によっては
鉄は燃えて形状も変える
熱量が圧倒的に足りない私はどうやろうかって
また人に喩えて
そこからどんなヒントも生まれそうにないのに

鉄鋼所の煙突から
夕刻の澄んだ空へオリンピックの聖火のようにゆれる炎
早朝の青空に浮かぶ鉄鋼所の水蒸気で出来た雲
それらの下で生まれている
船舶、自動車、高層ビル、アルミ缶、鉄道、飛行機

薄板課、熱延課、連鋳鋼片課、コークス課、精錬課、製銑課
鉄鋼場で働く男たちの夜勤明けの顔とゲートルと
妻と子のための多額の保険金を
歩いて移動出来ない広大な敷地を
思いながら
夏を迎えて
鉄に身をすり寄せる
冷たさがここちよくて
夏だけなのかもしれない
季節や環境次第で気まぐれに左右される
結局はあらゆることが

冬にはどうなるかなんて誰も知らないから
その頃私はひとりではないかもしれないから
今はこの鉄に身をすり寄せる




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