玻璃の海から/石瀬琳々
こんな夜、
一人浅い夢から目覚めて
窓外を揺れる葉擦れのざわめきに
わずかに明るむ緩やかな月光に
胸に満ちて来る何ものか
心を澄ますと潮騒の響きに似て
耐えきれなくなる 抑えきれなくなる
裸足で歩む真夜中は孤独の渚
グラスに注ぐ水道水のこぼれる光りが痛い
口に含むと海の味がして
また胸に満ちて来る蒼いくるめき
まるで予兆にも似ている
指先からすべり落ちたグラスが割れて
床に広がる水が足先を濡らすのは
ああ 待っていたの
ひざまずいてその水にくちづけをする
顔を浸すと浮かび上がって来る
あなたの愛しい姿が
夜海を漂う人をそっと抱きしめる
瞬く間に時の流砂に足をからめ取られて
このまま溺れていってしまったとしても
葉擦れはもう囁き交わす事はない
月光はもはやすべってゆく事もない
ただ深い海に沈んでゆくだけの
こんな夜
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