生きる。/ワタナベ
す
ペンを置くと、嘘のように穏やかな気持ちになっている自分に気づい
た。しかし今まで薬の効いたためしはなかったし、それは朝の静謐な
空気がもたらしたものであったかもしれない、願わくば、書くという
行為によって苦しみが体の外に放り出されたのだと考えたかった、
それならばこれからだってなんとかやっていける。深い渓谷の底に
陽光が差し込む様を思い浮かべた、細い小川がきらめいている。
また、狭い川原のところどころに咲く白い花のことを思った。
どこからか吹く風に揺られて、触れると高い澄んだ音色がした。
目の前を銀色の背びれの魚が泳いでゆく、
でも私の体にまとわりついていた海水はどこかへいってしまい、
そのかわりにやわらかな風を感じた。
岩は依然として腹の底にあったけれど、不思議と重みを感じる
ことは無かった。
耳の奥で澄んだ音色がした
一時だけ糸はほぐれておもいおもいの風にふかれていた
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