オフィスビル/長谷伸太
 
エレベータを降りるたび
涙が走る

この涙はいったい
何を追いかけて
頬の上をすべるのだろう

未来か過去か
両方追いかけるために
私の目は二つあるのだろうか

夏だから
きっとトンボだ
目の前をさっと横切るトンボを追いかけているのだ
雉の鳴く音と馬の糞と稲の匂い
夕暮れとカラスに逆らって私は走る

みがかれた床に一滴落ちた
皮の靴で踏み付けて
残りは手で拭いた
夏の太陽を浴びたような速さで
芽が出て枯れた

花は咲いただろうか
咲くのはきっと朝顔だ
だって夏だもの
水をかけて大切に育てた
色とりどりの思い出のかたまり

みがかれた床に一滴落ちた
皮の靴で踏み付けて
ふり返ると
白く冷たい床に染み込まない足音が
さ迷って高くのぼっていった

夏は、嫌いだ
太陽が時間を急がせる
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