つたう/吉原 麻
靴をはくくらい自然に恋ができたら良いのに、と思う。
たとえば右と左を間違えた、と言い訳ができる。
きのう雨で濡れてたんだって思いだせる。
今日は見栄を張りたいと自覚できる。
もう少し大人びてみたい、って思う。
ベランダの洗濯物が潮風でしぼんでゆくのを眺めながら
高速を走る車の流れを追いながら
マンションの下を通る犬を連れた小さな女の子を見ながら
耳だけは敏感でありたいと願う。
一杯300円の生ビールを流し込んで
焼き鳥とキャベツをつまみながら
君のここが素敵だよというと
少し間をおいて
そんなの自分でも知ってるよと笑顔で言ったっけ。
その顔を思い出すと
5分くらい、下を向きたくなる。
自分がひどく小さくて、消えたくなる。
流れていくものは多くて
さらに流しているものはもっと多くて
でも気づかなくて
そのあいだにいろんなものがなくなってしまうんだ。
洗濯物はもう乾いたかなと手に取ると
潮のかおりがくっついていて
ないたときとおんなじ味がする。
こうなる前に取り込めば良いのに
そうできなかったんだ、ごめんね。
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