停泊する夏/前田ふむふむ
忽ち、家までの距離がなくなって。
母は、なつかしい過去を、昏々と眠る。
母のよわい髪が、わたしの肩にかかり、
疲れた躰を、乾いた夜の柔肌に、浮き上がらせる。
小さな月を包めるほどの、
ふたつの余った、子供の手で、わたしは、
母を、今日という座席に連れ戻す。
「もうすぐ、あしたが見つめる場所に着くよ。」
「ああ、荒地の真ん中で、お父さんの夢を見ていてねえ。」
肥大した2006年は、夏色を耕し、
帰路を急ぐ歳月の音が、新横浜を過ぎる。
車内の電光板に、
考古学の雨を忘れた河より、復員する父たちを、
父たちが迎えると
伝えている。
子供たちは死んだとも。
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