「 教室。 」/PULL.
いた。
あたしはそんな男の向こうを、
じっと、
ただ見ていた。
「あたし、
もう行きます。
そろそろ時間なので。」
「うん。
そうだね。
そろそろ時間だね。
ありがとう。
最後に笑えて、
本当によかった。」
「あたしの方こそ笑え…て……。」
振り返ると、
男は、
どこにもいなかった。
吸いかけの煙草が一本、
落ちていた。
あたしはそれを拾い上げ、
一口、
吸った。
久しぶりの煙草は、
むせはしなかったけれど、
はじめての時よりも慣れていて、
全然罪っぽくなかった。
教室の壁の黄色い血の染みが、
うすく、
癒えている。
忘れ者はもう、
いなかった。
了。
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