羚羊/小川 葉
 
生まれてしばらく麓で過ごし
それから春の谷をひたすら駆け上り
今やっと夏の頂上に辿り着いた
その先はゆるくどこまでも続く秋の尾根
私は行く先を眺めながら休憩している
さっきからこちらをじっと見ている一頭の羚羊
何か言いたそうな顔をして何も言わず
そのまま角を揺らしながら秋の尾根の方へ去って行った
どこかで見た顔だとは思っていたが
それが誰か思い出せないでいた
しばらくして同級生の小川君が私に追いついた
息を切らしながら
佐藤君を見たよと言った
その名前に聞き覚えがあった
羚羊になったんだな
額を拭いながら小川君は言った
佐藤君はすでに
秋の尾根のはるか向こう
冬の絶壁の手前まで辿り着いていた
こちらを見たような気がした
私と小川君は
冬の絶壁を華麗に駆け下りる
佐藤君の姿を想像した
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