柩の音/をゝさわ英幸
蟻を殺した朝、標準サイズの柩を、隠居した大工に発注し、旅に出た。
旅の始めに、風の響動(どよも)す隧道の中で、旅を終えようとする、男の声をきいた。
「…え?」
「え」のみが、耳殻にひっかかり、あとは、風の叫びに溶けてしまったかのようだった。しかし、その「…」は、「どこから?」と問うた私の声に、重なったが故に失われたのかも知れぬ。恐らく「え」は、「どこへ?」の「へ」だったのではないか。――擦れ違い様に振り向いた男は、私の歩むごとに小さくなり、風の中で旅を終えた。
隧道の先に見える光の枠の中を、神様蜻蛉の群が、右から左に流れて行く。その度ごとに黒い羽根は、虚空に線を引くのだ
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