蛇口のひねり方を忘れた/カンチェルスキス
曇天の風のない日
窓の向こう
歪んで映った一本の線は
確かに電線で
姿も見えないのに
鳥の声が聞こえる
洗面所の水道が止まらない
蛇口のひねり方を忘れた
おれは立ち去れずにいる
洗面所の前で
数え切れないほどの瞬間の生き死に
水道の音が
解像度を増して
おれの頭の中で鳴り響く
おれの頭は水道を音だけ
吸い取って
何物にも変換しない
水の落下とだけ
ある目の前は
水の落下
音に溺れるみたいに
おれは立ち去れずにいる
蛇口のひねり方を忘れた
排水口に流れた髪の毛は
おれがなくした
戻る 編 削 Point(12)