メトセラ抄/
楢山孝介
涙を流すことが出来なかった
妻が自ら命を絶っても
恋しても愛してもいなかったので苦しまなかった
一族の長に祭り上げられても
嬉しくもなかったし楽しくもなかった
後悔も悲観もしなかった
そうして九百六十九年生き続けたメトセラだったが
世界を覆う大洪水がやってくるという噂を聞いた途端
溺れ死ぬのはかなわないと思ってか
「ならば、今」と一言呟いて
ぽっくり逝ってしまった
彼の死は誰にも悲しまれなかった
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