肉屋のある風景/大覚アキラ
出すと
精一杯のスピードで
肉屋めがけて走り出した
おんなが足を踏み出すたびに
容赦ない重力が
おんなの腹に襲いかかる
赤子もろとも
死んでしまえと言わんばかりに
肉屋までの距離の半ばあたりで
おんなは足を縺れさせ
無様に地面に転がった
呻きながら苦悶の表情を浮かべて
うずくまるおんなに気付いた肉屋は
巨大な肉切り包丁を片手に
ゆっくりとおんなに近寄っていく
膨れ上がったおんなの腹
足元に転がっているロシア製のピストル
それらを一瞥し
全てを解したというように
肉屋は肉切り包丁を振りかざすと
一閃でおんなの腹を掻っ捌き
中から赤子を取り上げた
そして肉屋は再び店に戻ると
それまでとなんら変わらぬ様子で
自分の仕事を黙々と続けた
肉屋の店先では
野良犬が数匹
すでに息絶えたおんなの屍骸を
争いながら喰っていた
鉤爪に吊るされて
血抜きされる鶏に混ざって
明らかに鶏ではないものが
ユラユラと揺れていたかどうかは
定かではない
ただ
のどかな五月の風が
緩やかに吹いていた
戻る 編 削 Point(2)