幸せ/美砂
ただひとつ思い出を選べといわれたら
私はあの日を
傘をさした母と
手をつないで二人駄菓子屋まで歩いた日を
選ぶだろう
この世に完全な幸せがあるとしたら
きっとそんな遠い日の
小さすぎて ありふれて 笑い飛ばされそうな
だからだれにも話したこともない
それでも あまりにも
かけがえのない
瞬間に……
たったひとつ思い出を選べといわれたら
50メートルにも満たない
家からのあの坂道を
ゆっくりとのぼってゆく
こわいほどに若い母の手を握った 私の心
音のしない 霧に似た
雨の日に浮かぶ
二つのシルエット
戻る 編 削 Point(4)