越境/下門鮎子
 
私は思い出す――

寒い国にいて、音楽を勉強していた頃を
凛とした空気のなか
ファゴットを抱えて走った
トロンボーンの青年と恋をして
生まれ変わっても会おうねと約束した

また、暑い国の寂しい時代を
兵士におびやかされる村で
生まれてまもない私は
何も口にすることなく再び眠った
母の手は細く硬かったけれど
暖かく、そして震えていた

次に、タロイモのある小さな島で
仲間と探検に明け暮れた日々を
私は男の子だった
私たちは何も知らず、すべてを知っていた

最後に、暖かい島の私を
言葉の消え行く島だった
私は6人の子どもに恵まれ
おじいさんには髪がなかった
小学校では国語を教え
孫には島の言葉を教えた
晩年は白いベッドの上
すぐに体をほどいても良かったけれど
渡り鳥になったようで
心地よく空でまどろんでいた

ようやく体がほどかれて知る
ほどけゆく者は
物語のすべてを
すべてを飲み込みながら
言葉と光を飛び越えるのだということを
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