巻き貝は糸電話/茜井ことは
 

母の使っていたキーホルダーに
つけられていた巻き貝の中では
耳を当てると、いつも波の音が鳴っていた
あさりの味噌汁の残骸からは
迫ってこないあのさざめき


砂浜を歩けばたいてい
あたしたちの満ち足りた安心には
想像上の海の青を、本物のそれに合わせるように
トーンダウンしたのと同じくらいの強度で
グレイのフィルムが溶かされていく
それはまるで
ひたすら触らずにいたものごとを海に託して
甘え下手な子供たちが一斉に
声もなく、泣きじゃくっているようだった



少なくとも明日は今日の延長だという
推定のリレーの結果があの足跡で
砂浜で得た巻き貝に貯蓄したのは
窒息しそうなほどに高く
胸を波立たせてくれていた言葉だったけれど
今、耳元に寄せた貝殻から漏れてくるのは
波音に模された空気のこすれ合う軋みだけになっている


きっとこの胸を
動かせなくなったことを知った
あの素直さの粒子は
今頃、巻き貝に隠しておいた最後の文殻となって
海を揺らしながら、響いているのだろう






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