巴里-フランス租界にて-/村木正成
 
巴里の色を僕はしらない
おばあちゃんは
それは淡い青い色だと言った
夜が乾いていく
するとセーヌ川がたちまち
空に吸いこまれていくのだそうだ

巴里の音を僕はしらない
おばあちゃんは
それは風のささやきだと言った
凱旋門から遠くを見ると
地平がどこまでも拡がり
自分の存在を忘れてしまうのだそうだ

ライラックの散るころに
僕は誕生した
僕は生れてから
この窓からの景色しか知らない

巴里の匂いを僕はしらない
おばあちゃんは
それは檸檬のようだと言った
広場に子供が集まると
噴水の水はとめどなく
あふれては消えていくのだそうだ

馬鈴薯の花が咲くときに
僕は誕生した
僕は生れてから
この窓からの景色しか知らない

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