病院の海/吉田ぐんじょう
深夜の病棟の廊下を
患者を乗せたベッドが幾つも
音もなくしずかに漂流していく
あれらはみな
モルヒネを投与された患者なのだそうだ
おっこちたりしないように
きちんと縛り付けられた患者たちは
とろりと溶け出してしまいそうな眼を見開いて
おとなしく流されてゆく
その中にはわたしの大叔父もいたのだ
たまらなくなって
大叔父さん
どこへゆくの
と問うて追い掛けようとしたら
看護士に止められた
そっとしておいてください
と事務的な声で告げる看護士は
コンピューターで出来ているみたいだった
大叔父の姿はそれ以来見かけない
ベッドが漂着するところは
患者の最も思い出深いところだと言うから
いつかまた行きたいと切望していた
タイランドにでも漂着しているのかも知れない
空っぽになった病室は
なんだか倉庫のように
薄ら寒かった
大叔母が病室の真ん中に立って
かつてそこに居た筈の人たちを
呼び戻すかのように
おおん
おおん
と遠吠えをしていた
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