老婆とコインロッカー/黒田人柱
重厚な鞄を
コインロッカーに詰め込んだ老婆
最後の小銭が落ちていった
鍵は古いタイプのシリンダーで
取っ手は錆びついていた
老婆の背後で
人々は透過しながら
それぞれの歩みを止めない
午後十一時
瞬間と瞬間とが
交互に繰り返されながら
うつくしい足音に変わってゆく
それはまるで階段のようで
誰かが一歩を踏み出すと同時に
またその一歩が誰かの一歩となる
雑多な夜の出来事
ほらロッカーの扉の閉まる音は
施錠と鉄の腐食が交わる場面
ジュークボックス!
鞄はきっちりと収まって
空間を埋め尽くした
老婆が透過してゆく
彼女にかける言葉を考える僕に
すべての人々は
「待ち人!」
と叫んで消えていった
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