【小説】お百度参り/なかがわひろか
 
がないことを祈るだけだった。

彼の祈りは通じた。
紳士の母親は、何もない金曜の夜に死に、日曜の昼間に、焼かれた。
紳士は何の心配もすることなく、母親の死の儀式を終えた。

女の足が跳ねる。

その度に彼は、昔を思い出した。

母の声が聞こえた気がした。

雨が紳士の顔に降り続ける。
紳士はそれでよかった。

紳士の涙を雨は薄める。


〜四〜

紳士の妻。

男の犠牲に身を尽くした女。

雨に涙を隠す夫。

初めて見せる夫の顔。

妻は知った。夫の弱さを。

愛を。

〜五〜

女はまだ走り続ける。
願いを胸に、ひた走り続ける。
雨に濡れた長い黒髪。
それはとても美しい。
女はただただ、美しい。

一人の老人と、一人の少女と、一人の紳士とその妻が女の姿に出会う。

女は何故走るか。

女は何故止めないか。

雨に濡れる女に、最早遅すぎた願いを、皆は祈る。

〜終〜

戻る   Point(1)