和子について/黒田康之
お前の家はゆるやかな
川のほとりに建っていて
細い路地だけが道である
川はかすかに早春の泥の緑を湛えている
その路地をお前は確かに歩き
お前の大きな背中にはいつも日が差している
お前は笑うたびに眼鏡を直し
僕はお前と一緒に陽に晒される
白いTシャツと色のさめたジーンズをはいて
お前は大きな手で眼鏡を直す
和子よ
お前の人生は
こうして工場に運ばれる魚のように
すべてを白く練り上げられて
この大きな川の
この小さな町の一点にある
春を口にするとまたひとつ花が咲いて
空には
小さな月だけが
昼間の僕らを見下ろしている
ごらん和子
あの湖面を駆ける兎の群れを
僕たちからこうして逃げてゆく
白い兎のその走りは
どう見ても僕の人生である
兎達がすっかりいなくなったあと
和子は雲みたいに笑った
その笑いは今にも消えてしまいそうに
僕の人生として
この湖の上を駆けていった
戻る 編 削 Point(4)