歌泥棒/楢山孝介
ならば正しく歌えと
歌を歌うならば大声で歌えと
憤りながら告げている
ならば、とそらで歌える
自らの青春の歌を
何百回と歌ってきた愛唱歌を
歌い上げてやるぞと息を吸い込んでも
口から漏れ出るのは嗚咽と溜め息ばかりで
かつてあれほど愛した歌の歌詞は出てこない
そのようにして歌泥棒は歌を奪う
奪った歌を朗々と歌いながら去っていく
大切な歌を奪い取られたものは
必死で聴きとろうと
歌声と歌詞を魂に刻み込ませようと
もう二度とぞんざいに歌は歌わないと誓いながら
去っていく歌声に耳を澄ますのだが
刻み込んだと思った歌を頭の中で鳴らしても
歌泥棒の笑い声が繰り返されるばかりなのだ
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