歌泥棒/楢山孝介
夜道を歩きながら歌を歌っていると
うろ覚えの歌の同じ箇所ばかりを歌っていると
家々の迷惑を考えて小声で歌っていると
歌を引き継ぐものがある
正しい歌詞で歌い継ぐものがある
玲瓏たる美声で歌い上げるものがある
声の出所は自分のすぐ後ろのようでもあり
道路脇の田畑の中からのようでもあり
柔らかな灯を外に向けてはみ出させている、
平和な家々のどれかからのようにも聞こえる
耳を澄ますほどに歌声は遠のき
やがて闇の中にかき消える
気のせいだと断じてまた歌い始めれば
別のうろ覚えの歌を歌い始めれば
耳元で大音声が響く
大晦日に響く第九の大合唱のようなそれは
歌を歌うなら
[次のページ]
戻る 編 削 Point(2)