美しい朝についての記述/芳賀梨花子
 
れた紅い太鼓橋の向こうに、やはり見慣れた信号と団蔓、その先にこれから日常を迎える、見慣れているはずの町があり、私は手前を左に折れ、池に沿ってゆっくり歩いていると、池の鯉などは餌が欲しいと私の影を追うのだった。

私は求められると戸惑う。寒牡丹は奪われた結果だ。春に蕾を毟られ、夏には葉を毟られる寒牡丹は人の手をなくしては咲けないけれど、多分、孤独だ。吐く息が白く、手袋を忘れた手が冷えてしまった。そうなると否応もなく思い出すのは温もりで、その翌朝の無数の靴跡と血痕。なにかと戦っていた人は無数で、兵などはどこにもいない。みんな寒牡丹の様で、春先の雪の様には生きられない。あの朝は私にとって美しい記憶になって、誰かの記憶が踏みにじられている。なにかと戦うということは、多かれ少なかれそういうことなのかもしれない。暖冬の寒牡丹は淋しそうに、それでも藁の囲いに守られていた。


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