美しい朝についての記述/芳賀梨花子
昭和44年3月、神田駿河台の山の上ホテルの一室で父とふたり。曇った窓ガラスを掌でふくと、夕闇の学生街に純白の椿が空から無数に落ちてきた。近所の氷室さんちのおじいさんが丹精込めた庭に咲く八重の、あの白い椿のような、牡丹と見まがうほどの雪が、血を流さずに降る。路上にはなにかと戦う人たちがいて、純白の静かな夜は部屋の中にだけあって、窓辺で手を繋ぐ私たちは確かに春先の雪だった。
翌朝、母が入院している病院へと続く道は、無数の靴跡と血痕で、湿った重い雪が溶けかけて、昨日の夜が薄汚れてそこに横たわっているようで「怖いかい?」と父が聞いたので「だいじょうぶ」と答えた。路面がしゃくしゃくと鳴き、今朝の足跡が
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