夢/たかぼ
 
がいいような状況なんでしょうか。そうですね万一のことがありますから、そう言い残すと看護師も飛び出して行った。

妻はついに息を吹き返すことはなかった。胎盤早期剥離に引き続いてDICという血が止まらない状態に陥ってしまったためだった。あまりにもあっけない死という現実を実感することは到底不可能であった。長男は何とか一命を取り留めたが、ただ生きているだけという状態だった。新生児集中治療室の小さいベッドの上で人工呼吸器を装着された我が子を私はじっと見つめていた。眠っているような我が子。この子にはきっと何も見えず、何も聞こえないのだろう。そう思いながらも不憫で、呼びかけたりしている。何の反応もない。だがほんの一瞬だがその閉じられた瞼の内側で眼球が動いているのが分かるときがある。まるで夢を見ているように。その時だった。私はとても奇妙な感覚に襲われたのだ。まるで深海から魚が浮かび上がってくるような、しだいに輝きを増す朝の陽に闇が溶かされていくような。そして私の意識は私の息子、いや私自身の体の中に、ゆっくりと帰って行った。


私はまだ一度も現実を見たことがない。
 
 


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