白髪と男/猫のひたい撫でるたま子
 

東京の地下鉄に乗っている

端の席について鞄を下ろす

平日の昼間は人が少なく、ゆったり座れる

斜め向かいに杖をついて立っている老人と目が合った

グレーの少ない髪は電車の速度に揺れ、いまにも溶け出しそうなゼリー状の目玉が私を見つめる

私の足元に杖が落ちた、尖ったヒールの先に重たい柄があたった

すみません、というような顔で私を見つめた

よろよろとしゃがみ、杖を抱える

そして再び私をみつめている

他に席は空いていますよ、座ったらいかが?

心の中でささやいてあげる

かわいそうな老人を見詰める者は私しかいない

それは彼がこちらを見詰めているからだ

私を心配させてどうしようというの、私は無駄に優しくはしませんよ

三歩くらい歩いて座ったらいかが?ここまで歩いてきたんでしょう

かわいそうな老人の皮を剥いで、つまらない男性にしてあげましょうか

老人のこけた輪郭から30年前を想像する

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