エロスと既視感/白寿
 
碧空に圧し掛かる入道雲を
眸いっぱいに湛え、僅かに汗を滲ませる
その横顔(かんばせ)の美しさよ――。

少年は俺に問うた。
「かの雲はさんざめく熱気を
帯びているだろうか」
「触れればきつと肉厚でいて、
脈動すら感じ入るであろうな」
と俺は応えた。
その実体はといえば、
しげく無機質で冷静な事物なのである。

炎暑厳しき夏の或日――。
折りしも少年が
万象の真理について訊ねたと同刻、
蝶が馬車の轍(わだち)で溺れ死んだ。
我々の居る防風林の脇から
部落へ伸びる畦道で起こった出来事である。

もはや蝶は動けぬから、
続けざま車輪に踏襲されるのも致仕方ない。
在らぬ方向に轢き折れた蝶の羽根は、
格子の向こう側で
前後不覚の微睡(まどろ)みに横たわる
女の腕に似ている。
そういえば、あの蒼い女に出合ったのも
旅程で山陰に至ったときのことであった……。
 
振り返れば、畦道の蛇行に沿って
少年が一心に歩を進めていくのが見えた。
 
 
※仮題、未完作品
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