菩薩/ならぢゅん(矮猫亭)
 
妹に死の実相を見せまいと姉が計らってくれたのかもしれない、と。

 ――ほら知らないところだから一人で行くの怖いじゃない、暗いし

 そういえば、あの腹痛も長谷観音さまの愉快な計らいではなかったか。姉と妹の最後の旅がいつまでも鮮やかなまま記憶に残るよう、幾度も幾度も笑顔で思い出せるよう、ちょっとした悪戯を企んでくださったのではあるまいか。翌日、僕は妻を誘って狭山の山口観音に詣でた。秘仏のご本尊に向かい手を合わせ僕は南無観音と三度くり返した。顔を上げると妻――あの怖がりな妹の娘はまだ一心に何かを祈っている。その瞑目の横顔を秋の夕陽が静かに照らしていた。
戻る   Point(0)