天に昇れば/川口 掌
今オバァちゃんが食べ残した
お頭付きの鯛が天に昇っていきます
片身が無いので泳ぐ事も侭ならず
さりとて
昇っていくには
残った片身が重過ぎて
潤んだ瞳を
ますます潤ませ
静かに
静かに昇るのでした
あんまり
ゆっくり上るので
昨日までの記憶が
次から次へと
浮かんでは消え
消えては浮かんで来ます
深い海の底で毎日のように
毟り取り
毟り取られて
それを日々の精進
切磋琢磨と呼びながら
出会う度
笑顔で交わして来た
捨て猫の河上さんや
野良犬の野中さん
との挨拶も
今昇り行く空の上では
通用しないかも知れません
笑顔を見せると
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