電話/vi
 
ダイヤル式、赤の公衆電話
バーの片隅に隠れるようにあった
この電話って使えるわけ?
マスターはゆっくり頷いた


つい懐かしくてコインを落とした
手は勝手にダイヤルを手際よく回す
この番号はどこへ繋がるの?
指先だけが知る過去への案内


記憶の奥底にある声に向け
言葉は勝手に音になり語りだす
この声は誰のものなの?
クスリと笑う受話器の向こう


どうでした?とマスターは呟いた
懐かしかったでしょう、と
いいんじゃない?と答えてみた
少し気が楽になったしね、と


店を出て帰宅して暫く経ってから
あの電話の声が判った
ダイヤルした指先を眺め感心する
よく記憶していたな


改めて電話をかけてみた
電話に出たのは違う人だった
あの人の娘だという
偶然にも今日はあの人の命日だった


あのときもさっきも言えなかった
でもそれでいいんだ
良かったんだよね?
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