ジンリッキー/松本 卓也
グラスの底から小さな泡が
いくつもいくつも湧き上がって
水面で弾けたささやかな音
聞こえるはずもないのに
まるで泣いているように
どこか寂しげに消えていく
澄み切ったソーダ水の中を
まどろむジンを掬い上げて
ちびちびと喉に流し込む
何杯目かは既に忘れている
ただ喉に伝うほのかな辛さが
体の奥で弾けていくようで
傾けるたびに忘れるものがある
飲み込むたびに思い出すものもある
小脳と脊髄の付け根辺りに
炭酸が押し上げてくる想い出は
いつだって君の笑顔だったけど
湧き上がる泡を飲み干すと
肺の奥から溜息が湧き上がる
なぜだか君の名を叫びたくなる
泡沫の惑いなどではなくて
今でも忘れられない事を
どうにかして伝えたいから?
本当に空想に浮かぶ表情は
君が見せてくれたものなのか
もう舌は麻痺してジンの味さえ分らない
ぴりぴりと痺れる触感だけが
静かな夜を辛口に包んでいる
一人かき回すグラスの淵に映る
泣いている自分の顔など
もう見飽きてしまったというのに
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