春の一歩/草野春心
僕を見ていない
君は他人になりかけている
いつもの音のちょっと後
目当ての電車がやって来て
無数の他人が乗り込む
君がその中の一人になろうとしている
鋭い思いが僕を突き刺す
ドアが閉まる……その前に
君が僕をふりむいて
見たことのない顔で
だけど今までで一番の顔で笑った
ずっと僕はその顔が欲しかった
そしてまもなく電車は行ってしまった
階段を下りてゆく一歩
ふりむかないひたすらの一歩
ひとつずつに思い出が滲んでゆく
改札を出てゆく一歩
僕が僕になるための一歩
無理やり胸に押し込んだその後
やっと僕はぐしゃぐしゃに泣いた
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