長いお別れ/黒田人柱
珈琲店と書かれた看板の奥で少女が泣いているわ
あれ何て季節
グラデーションが眩しくて夕闇が澱んでいて
あれ何て季節
店に入ろうか
そうしたいのは山々だけど
僕らには
金がない
時間も余り無いからと
駅のホームで切符を握り締めていた
もう既に、頭の中では
少女、あの少女
名前も知らないけれど
きっと可愛い名前だと思うんだ
銀のトレイがぎらぎらと音を反射させる
ラジオとテレフォンが煙草の煙にやられて
黄色がかっている
窓から覗いた風景は円形だった
ほんの数秒か、数分か
確かに時間は止まっていた
僕らの歩みと共に進んだのに
もうそれも叶わない
恋愛や自殺や遊園地のように
過ぎ去ってゆくことばかりの人生だから
長いお別れをしよう
さようなら
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