頑張れよ/草野大悟
妻の
右前頭葉が
どこかに
遊びに行き
脳幹が
ふて寝し
思いもしなかった
生活を
ぼくらは
送ることになって
毎日、毎日
何かを信じて
何かにすがるように
リハビリを続けている
妻は
記憶を
留めることができなくなり
僕は
ただ
妻の前でだけは
ひたすらの笑顔を誓い
泪や怒りを隠している
朝
出勤前に
病室に行き
妻の顔を拭き
化粧水や乳液で
マッサージして
さあ
今日も一日頑張ろうね
と、言うと
彼女は
昔のまんまの感性で
言うんだ
頑張れよ
と
右前頭葉が遊びに行っても
脳幹がふて寝していても
決して侵すことのできない
彼女の深淵から湧き出る声で
ささやくように言うんだ
頑張れよ
と
戻る 編 削 Point(8)