頑張れよ/草野大悟
 
妻の
右前頭葉が
どこかに
遊びに行き
脳幹が
ふて寝し
思いもしなかった
生活を
ぼくらは
送ることになって
毎日、毎日
何かを信じて
何かにすがるように
リハビリを続けている

妻は
記憶を
留めることができなくなり

僕は
ただ
妻の前でだけは
ひたすらの笑顔を誓い
泪や怒りを隠している


出勤前に
病室に行き

妻の顔を拭き
化粧水や乳液で
マッサージして

さあ
今日も一日頑張ろうね
と、言うと

彼女は
昔のまんまの感性で
言うんだ

頑張れよ


右前頭葉が遊びに行っても
脳幹がふて寝していても
決して侵すことのできない
彼女の深淵から湧き出る声で
ささやくように言うんだ

頑張れよ




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