シチューを煮込む鍋のとなりで/若原光彦
 
なった牛がばたばたと暴れる
暴れた部分をさらに切る
どっさり得られた肉塊を掲げてぼくは
これも鍋に入れるよ と標準牛語で牛に言う
牛はぜえぜえと息をしているだけで 何も言わない
ぼくは掲げていた肉塊を
かたわらのゴミ箱に捨てる
牛が NOOoooooouuu! と絶叫する
ぼくは笑ってゴミ箱を逆さにし
肉塊を鍋に流す
牛があえぎながら あのそれで 次は と言う
次はない とぼくは笑ったまま答える
ドナドナを口ずさみながら鍋をかき混ぜる
社交ダンスのようにくるくるくるくる
ドナドナ・ドーナー・ドーナーの部分を
この牛の名前にすることも忘れない
牛がしくしくと泣き出す
どうして牛に生んだんですお母さん と呟いてこと切れる
鍋はぐつぐつとうまそうな音をあげている
うんうんとぼくは頷く
牛が完全にくたばるのを待って
ぼくは鍋の火を止める
あつあつの鍋をひっつかみ
窓の外にぶち撒ける
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