下敷きになった卵みたいに/カンチェルスキス
社長夫婦のあの体温の感触を
思い出した
自分にもその熱があり
そしてそれが今この間にも
刻一刻と
なくなっていくのを感じた
そしてその通り
彼の残りわずかな熱は
どんどん
なくなっていった
うめき声や人があつまる音
近づくパトカーの音
近くの鉄工所から立ちのぼる煙
彼には何も見えなかったし
何も聞こえなかった
路上にうつぶせで倒れていた
倒れた自転車の前かごから
作業着やヘルメット、誘導棒
チキン南蛮や絹ごし豆腐
パックの焼酎が
路上に投げ出されていた
警官が駆け寄り
彼を抱き起こす頃には
彼の息はもうなかった
自転車の下敷きになった
パックの卵はほとんど
潰れていた
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