下敷きになった卵みたいに/カンチェルスキス
 
社長夫婦のあの体温の感触を
 思い出した
 自分にもその熱があり
 そしてそれが今この間にも
 刻一刻と
 なくなっていくのを感じた
 そしてその通り
 彼の残りわずかな熱は
 どんどん
 なくなっていった




 うめき声や人があつまる音
 近づくパトカーの音
 近くの鉄工所から立ちのぼる煙
 彼には何も見えなかったし
 何も聞こえなかった
 路上にうつぶせで倒れていた




 倒れた自転車の前かごから
 作業着やヘルメット、誘導棒
 チキン南蛮や絹ごし豆腐
 パックの焼酎が
 路上に投げ出されていた
 警官が駆け寄り
 彼を抱き起こす頃には
 彼の息はもうなかった
 自転車の下敷きになった 
 パックの卵はほとんど
 潰れていた






戻る   Point(9)