夕日の光/はじめ
 
 君の唇と舌は柔らかかった
 時間が流れていないような気がした 
 しかし君の体は時間が再び動き出す度に少しずつ薄くなっていった
 僕のきつく締めた腕はだんだんと重なり合っていった 
 唇がゆっくりと消えかかってきて僕の唇には感触が無くなっていった
 僕は唇を離し体を離した 君は体がもう見えないほど透明になって 
 僕に「さようなら」と笑って言った
 僕は涙を流しながらさようならと言った 
 夕日が傾いて セピア色の部屋がオレンジ色に変わった
 部屋には椅子と倒れた椅子と僕一人だけだった
 僕は倒れた椅子を直した そして太陽の光を全身に浸して椅子に座った
 君はもういない
 両手を組み 君の唇と舌の感触と残っている唾液の味を思い出した 
 時計の針は立ち止まることなく動いている
 君の茶色の髪の毛が椅子に残っていた
 僕は指に髪の毛を絡ませて僕はゆっくりと溜め息をついた
 そして涙を流した 心と左腕がずきりとナイフを突き刺したように深く痛んだ
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