心臓の一番近くで/蒸発王
て)
(完成させて下さい)
(心臓の一番近くに行きたいのです)
渡した骨は
左胸の肋骨で
私は彼女の乳房を切り開き
脂肪をつき抜けて
深く深く掘り下げた
肋骨は
まだ桃色をした
花弁のような心臓を包み込んでいて
閉じようとする肉塊と戦いながら
必死で切り起こした
何故
こんな部分なのか
贈られたカンバスを開くと
其処には
籠に入れられた心臓が描かれていて
心臓は描きかけなのか
半分で止まっていた
(心臓の一番近くに行きたいのです)
思考が
繋がった
何年かぶりに筆をとる
おろしたての
彼女の骨を
心臓から一番近い骨を
使って
彼の心臓と寄りそうように
半分描き足した
描き上がった心臓は
肋骨の籠に守られて
いつまでも
桃色に輝いていた
そう
彼女は
一緒に映りたかったのだ
一緒にいつまでも
目の前にあるのは
絵ではなく
彼と彼女の
最初で最後の
自画像だった
『心臓の一番近くで』
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