どこかのあなたへの手紙/ゼロスケ
鋭いペンでメモすることを怠けて
けさ見た夢を 忘れてしまった
と この 夢を忘れたことも 忘れてしまわないように
いま 空色のペンで書いている
けさ見た夢だけでなく もっと色々なことを忘れた気がする
(例えば 幼いころ信じていた夢 親友の声と瞳の色 住んでいた田舎の 遠くけぶる海のかがやき)
此処まで さすらう内に
ずいぶんたくさん 失くして落としてしまったようだ
――ああ そういえば
僕が まだ 既成の物語を信じていたころ
手を取り合って ほほえみ交わした 女は
あのうつくしい 少女は
いま どこでなにを しているのだろう
なにを思い 誰を愛しているだろう
ただ一切は 昨日よりずっと前のかなた
此処まで来た 歩き難い道を いま 振り返り振り返り
かの少女は 橋と 輝ける海の向こう岸で
砂糖を振り掛けている最中のように 薄く光っている
気がつけば
海は真っ赤に燃え
火のたくましい腕は 多くを奪おうと
すぐそばまで来ている
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