馨人/白寿
 
君は言った。

熱を帯びた人間の馨は、極上の沈香にも優る。
馨しきは、細胞の密なる連鎖に成り立つ肉体、
それらに躍動を齎し、また後に生じる、
透明なる、極彩なる、玄妙の体液である。

ああ・・・その心酔の馨を我が身に纏うべく、
今この手に人間を掻き抱きたい。
家畜のそれに似て、全く否なるその悦楽の調べで、
どうかこの四肢を震わせて欲しい。

馨人に縋り付くとき、
素手素足で夕暮れの塔を一散に駆け登る超人の如く
強烈なるエナジーがこの身中で爆ぜるのである。
煮え滾るエナジーは、ある種の簡素な快楽を押し上げ、
螺旋の旋律に乗じて昇天を産むのかも知れない。

噎(む)せ返る馨に蓋(おお)いつくされた薄暮に、
ふわりと飛び降りる戦慄は、
まさに天竺に在る孔雀の落下である。
それでいて奇しくも夜鷹の墜落である。

眼前に降臨するは、
人皮を纏った獣の群れ・驢馬の群れ――。
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