話せない女/九谷夏紀
 
あの夜の別れ際
君がくれた戸惑いながらの投げキッスで
私は君に恋をした
「夜のあなたはいっそう美しい」
なんて言葉までくれたから
近くにいいた同僚に冷やかされても平気な君は
弱虫のようで弱くない
少し不思議でアンバランスな人
「永久就職するかい?」
と公然と口にする君に
ねえ
君に
私が話せない女だってこと
打ち明けたらどうなのかな
私、言葉を失ってしまった女です
誰かが取り去ったの
自分でも消したの
いつの間にかぽかんとしてた
だから黙ってる私がほんとうの私
普段話している言葉はね
ほんとうの言葉じゃないんだよ
私、ほんとうは何も話せない
だから話せば
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