午前十時のクリームシチュー/吉田ぐんじょう
 
肉は空を見上げていた頃の記憶を
肉の中に閉じ込めておとなしい
皮に切れ目を入れたとき
わずかに夜空のにおいがした
気のせいだったのかどうか
冷え性のわたしの指先は
死んだものを扱うのに丁度いい温度だ

あぶらで炒めると
どんなものでも最終的には
優しい味になってしまうことが不思議だ
今日は南瓜が余っていたので
南瓜も入れた

ささやかな寒さへの反抗として
大蒜をほんの一かけらだけ入れた
ステンレスの鍋が
陽光を受けて輝いている

小さい頃
こう云う風に
一人で料理できるようになりたいと
切望していた事を思い出した
包丁も火も野菜もお肉も全部意のままにしてしまう
かっこいいお姉ちゃんになりたかった事を
夢はかなったはずなのに
おたまを持ったわたしはひどくかっこ悪い
猫背だしジャージだし裸足に動物スリッパだし
これを見た幼い自分が
こんな筈ではなかったのに

記憶の中で声を上げる

わたしは弁解するように
かっこ悪いけど一応お姉ちゃんだぜ
と呟きながら
シチューをひとくち口に含んだ

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