小さなメモ/由比良 倖
悲しいことばかり覚えている。あとは、少しばかりの嬉しいこと。苦しかったことや、怒りや、恐怖は、みんな忘れてしまった。
十六歳の時、フリースクールのみんなで、お花見だと言って、平日の、誰もいない公園で、ビールを飲んでいたことがある。そのときの芝の匂いや、木漏れ日まで、よく覚えている気がする。やわらかくて玲瓏な空。虚しさとか、寂しさ。死のうと思っていたこと。好きな女の子がいたこと。ビールをひたすら飲んで、友人にへらへらと絡んでいたこと。知らないおじさんが近付いてきたけれど、僕たちは何の警戒もしていなくて、おじさんもまた笑っていたこと。
消防車の寂しい鐘の音(今のこと)。何かが欠けた子供。欠け
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