日記/wc
 
彼女は耳が遠く
右耳に近づいてお話をしないと
聴こえないから

僕が身を乗り出すと彼女はいつも右耳を向けて
彼女が自費出版した詩集の話をして
出版された年にあまり頓着がないのが恥ずかしいけれど
とりあえず戦後だということだけは分かるし
くしゃくしゃな笑顔のご主人の写真の前で
この人の前に立つなんてとんでもないことやったから
お蔵入りにしたんよ
当時の何某さんからはすすめられたんやけど
主人は家作ってくれたし
死んだから自由に書いてるん

なんて話をされるとご主人に怒られますよって
何度もお伝えするけれど
写真がずっと笑ってるから
彼女は同じ話を何度もしてくれる。

装丁された詩集をパラパラとめくったページの一編には
季節や一生が
簡単な言葉で
簡素に
選ばれてそこにありました。

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