湖の恋/はるな
たぶん最初はだれかのためだったけど、今はもうそうじゃない。爪をかざったり物語をつくったり、お湯をわかしたりする。駐車場をいくつもわたりあるいて暮らしている猫に餌を投げてやるのだって猫のためじゃない。
それに気づいた最初わたしは少し苦しかったと思う。いけない、なにかずるをしているような、そういう心持だ。灰色の服ばかり着てしまうみたいな。だんだん背中もまがってうつむくようにもなった。うつむいて、つむじの上を季節が歩いてゆき、なんだかみずたまりばかりを見ているなと思ったら映る空、まあまあ青いね、そうか、湖の恋は、こうして祝福されるのかしら。干上がるのさえ幸福だったかもしれない、それが恋であるなら。木や草は笑っただろうが、花たちは嫉妬深いあまりに黙り込むだろう。そう、花たちはつねに嫉妬深く、だからあんなに鮮やかでいられるのだ。
横滑りする思考を縛りつけて、わたしは火をつける。そうだった、火をつけるのだった。言葉を持ってしまったわたしたちが、ほんとうに饒舌になりたいとき、言葉以外のなにかで光をつくるしかない。
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