夢をみない魚 /月乃 猫
 

森はうすい木漏れ陽
誰知らず湧き水が澄みわたる

泉の
閉塞した世界に生まれる
山女魚は けして他の暮らしを知らず
夢さえもみず
泉に生きる

存在は、認識の果て
山女魚には街も、車も、携帯もない
鱗に感じるもの それがすべて
運命のサイコロを振ることをせず 道はしめされ
時に途方に暮れると
泉に聞いてきた

想像は、なにももたらさず
偶然をみとめず
希望は生きることに集約される

男が来れば股をひらき
子をなす
その子もまた泉に生き 後生大事に育てる

臥所にその相手が山男魚なのか 獣なのか 泉なのか
分ることもなく
それがために 問題ともならない

ゆったりとその限られた世界に安住し
清冽なその生は、泉水の色の透度をました

時に 水に集まる鳥たちを迎えそのさえずりを求める

水音のしない泉面に 山女魚の泳ぐ
小さな波紋が生まれ

連綿と語られる 伝説のようにそれが
森に広がる




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